中国語で学ぶ人生哲学~人生という名の道場~

食べることも、寝ることも、人との出会いもまた修行です。毎日、日常生活のあらゆる場面、生きている一瞬一瞬、人生の歩みの一歩一歩をすべてを道場だと考えれば、あらゆることを受け入れざるを得ません。

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人生は日々これ修行なり

幼い時から唐の時代の陶淵明張若虚の詩を好み、特に張若虚の「春の川の上にかかる、花を照らす月夜」が大好きです。年齢を重ねていく中で、その詩をよむごとに、また異なる人生の境地を悟ります。
数年前、この詩の前半部を読んで、人は人の中で生きているのみならず、宇宙というものの中で生きているのかもしれない、と感じました。また、夜に輝く月、朝日を照らす太陽、青空に浮かぶ雲、道端にはえる草、川や湖など大自然の中の永遠に存在する事物と対話できるようになったと感じます。

毎回読むたびに、私の体は充実感で満たされていきます。心の中の失望感ややりきれなさ、人とのやりとりの中で感じる煩わしさは、全て消え去ります。人の寿命は長くても三万日。ならば今日というこの日を大切に生きたい、と感じるようになりました。修行の場である道場で、宇宙、そして大自然と対話したとき、万物すべてを受け入れられる、そんな胸中です。

人生步步是道场

食、眠、人和人相识相遇……都是一种修行。每天日常生活中的所有场面,人生的每一步都作为道场,在修炼自己,毫无顾忌地接受。
自小喜欢陶渊明张若虚的诗,特别是张若虚《春江花月夜》不同的年龄让人领悟到不同的人生境界。
几年前读这首詩的上半部,感觉到人除了活在人群之中,也可活在宇宙之间,学会了与大自然对话:比如夜晚的月亮、晨曦的太陽、藍蓝天的白云、路边的小草、江河湖水等大自然中永恒存在的事物。每一次都让人浑身充满磅礴之气。心中那些失落与无奈、人与人之間那些煩憂烦忧统统地烟消云散。弹指一挥間的今天,生命最长就3万天,为何不好好去珍惜眼前的今天。所以自己在修行中的道场,偶尔与宇宙与大自然对话,那种容纳万物的宽厚胸膛就随之而来。

春江花月夜/張若虚

春江潮水連海平   春江の潮水 海に連なりて平らかなり
海上明月共潮生   海上の明月 潮と共に生ず
灩灩隨波千萬里   灩灩(えんえん) 波に隨いて千萬里
何處春江無月明   何處(いずこ)の春江か月明無からん

江流宛轉遶芳甸   江流 宛轉として芳甸(ほうでん)を遶(めぐ)り
月照花林皆似霰   月は花林を照らして皆 霰(あられ)に似たり
空裏流霜不覺飛   空裏(くう り)の流霜(りゅうそう)飛ぶを覺えず
汀上白沙看不見   汀上(ていじょう)の白沙 看れども見えず

江天一色無纖塵   江天 一色にして纖塵(せんじん)無く
皎皎空中孤月輪   皎皎(きょうきょう)たる空中の孤月輪
江畔何人初見月   江畔 何(いず)れの人か 初めて月を見
江月何年初照人   江月 何れの年か 初めて人を照らし

人生代代無窮已   人生 代代 窮まり已(や)むこと無し
江月年年祗相似   江月 年年 祗(た)だ相似たり
不知江月待何人   知らず 江月 何人(なんびと)をか待ち
但見長江送流水   但(た)だ見る 長江の流水を送るを

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